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気骨稜稜

深夜に、放送終了音を聞きながらツイッターをする。なんていう趣味の悪いことをしていると、思わぬところでゾーンに入ってしまったので、のちのち噛み砕きやすいように置いておきます。

 

ところで、気骨稜稜ってふなつくんの為に生まれた言葉のようですよね。

 

自分の信念を曲げずに、厳正に貫こうとする態度のこと。
「気骨」は自分の信念を貫こうとする性格。
「稜稜」は威勢があって厳正という意味。

 

彼の大好きな曲。signalの歌詞にも通ずるところがある素敵な言葉だと思います。

 

ふなつくんって、ここぞというときの間合いの良さみたいなものが、いつもいつも光っているなあって。粛々と一歩うしろに下がることで、自分との距離を相手の調節に委ねているような。飄々としてみえて、あらゆる物音に耳を澄ましているようなところがあるよなあ。とか、思ったり。

 

自頭が良いというかなんというか。人に好かれる距離というのを、感受することが得意で、尚且つそれを道理でも考えることができる。自分のことを、理屈っぽいと表しているし、彼の頭の中は、こちらが思っているより何倍も高速で回転しているんだと思う。

 

大抵の人間は、この、感覚と理論。どちらか一方であれば、持ち合わせがあると思う。だから、頭ではわかっているのに。だとか、なんでかはわからないけれど。みたいなものが生まれるというか。ふなつくんは、その両方をバランス良く持ち合わせているような感じがして。きっとそれも意識の中にある。

 

もっと話せるようになりたい。っていうのは、それこそ、ふなつくんが言っていた言葉通り、彼の中に元々あるものからうまく引っ張り出せるように。という思いのような感じがして。

 

精進します。の意味を持ちながら「器用なだけでは、頭で考えるだけでは、まだまだ伝えきれていないビジョンが自分の中にはもっともっとある。」なんていう、周囲の人間から描かれている彼の像からは、意外とも取れる思いからきている節もあるのかな。って。もどかしさを払拭したいというような。

 

自分自身のことをちゃんとわかっていて、自分に明るいというところはあると思う。場面で顕示することが苦手だから、自分の好きなものを強烈にアピールしてしまったり、きっとそれも何割かはワザとなんだろうな、と思ったり。それが彼の前向きの形なんだろうな、とも。

 

飛び抜けているものだったり、強調されているものは、なにかを補う役割を担っているということ。それは、自然発生のように見えて、その人の強い意識の元で出来上がっているということ。ふなつくんが、運命を信じないと言っていたのは、現実主義的なだけではなくて、そういう背景が関係しているのかな。

 

ここに繋げていきたい言葉が、日々更新されていくのは、彼の魅力が眩しいと思うくらいに光っているからです。